パーソナルツール
現在の場所: ホーム うりずんMagazine b9.html
« 2012年 2月 »
2月
12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
272829
urizn group

 urizntokyo

payao

izumizaki3

 

b9.html

第9話 奥地と結ぶ水の道
政治も文化も川から
 沖縄のようにたくさんの島からなる所では、船は最も重要な交通手段であったに違いない。同じ沖縄島内でも、大量の物資は、陸路ではなく海路で運ばれたはずだ。 
ボルネオでも同じである。沿岸航路は古くからあった。しかし、日本の2倍の面積がある大陸のような島。
沿岸部と奥地はどのようにして結ばれていたのだろうか。それは、すべて川を使っての交通である。ボルネオには、スンガイ、パ、ロア、ロング、ムアラ、クアラなどの部族語がついた村名が無数にあるが、日本語で言えば、沢、川、河内、落合、川口にあたる。すべての村や町が、源流から河口まで例外なく川沿いに発達してきた。 
サバ州に限って、林道を使えば奥地へ行ける時代になった。カリマンタンやサラワクでも、所によっては道路で結ばれていたり、飛行機を利用できる奥地の町もある。しかし、今でも主流は川を伝う船である。特にカリマンタンでは、交通網の8割を川に頼っている。
最大の流れマハカム川。ここを旅すると「河の民」と呼ばれる現地の人たちの生活が理解できる。川なしの生活は考えられない。
川は道路であり、遊び場であり、台所,トイレでもあるのだ。政治も文化も,すべて川を伝ってくる。
 最も普通に見られるカパル(船)は全長12・ほど、50人乗りのちっぽけな定期船である。すしづめに客を載せ、平らな屋根には日用品、食料を満載している。川べりに展開する村々に寄港しながら目的の町まで2日、3日と航行するのである。天井の低い板敷の客室があり、船尾にはそれぞれ1畳ほどの広さの台所と,風呂兼トイレがある。船には船長と、船員1人か数人が乗り組んでいるが、かれらは普段この船で寝起きしている。

「河の民」の水上生活
村の造りはたいてい似ている。川すれすれにメインストリートが走り、それに面して両側に家が並ぶ。だから川側の家はすべて高床式で、下は川である。道側は玄関で炊事場は決まって後ろだ。外壁には洗ったあとの鍋,フライパンが所せましと架けられている。どれもすすけて真っ黒だ。そういえば,釜は使わない。鍋で炊飯している。
トイレは母屋から川に向かって突き出して造られ、桟橋で結ばれている。やぐらの上から用足しするわけである。こういった家が半分、あとの半分はいかだを浮かべ、そのすみにトイレを置く。母屋とは簡単な階段でつながっている。
ここの人たちは1日に3度も4度も水浴をするが、早朝あるいは夕方その時刻に通ると、同じいかだの上で、母親は食事の準備であろう、食器や野菜を洗っている。主人は歯磨き、娘さんはシャンプーをいっぱいに泡立てながら長い髪を洗っている。子供たちは何やら遊びに興じていたり、釣りをしている。もちろんトイレにも人が入っている。投網をうつ人、洗濯する人。アヒルまでにぎわいに加わっている。
レストラン、給油所といった船または船客を相手にする店はすべていかだの上に造られている。増水期には水位とともに家も高く上がり、逆に渇水期には下がるが、いつの時でも客は横づけになった船から簡単に店に入ることができるのである。レストランの鍋、フライパン、食器も、もちろん川で洗う。客に出す水くらいは天水を利用するのだろうと私は思っていた。確かにその通りである。しかし、いくら雨が多くてもこれだけ客が入るのだから、煮炊きから飲み水まではまかないきれるはずがない。私はいつもの好奇心から店のおばさんに聞いてみた。「川の水よ」。あたりまえじゃないかと言う顔で、そう答えるのだ。ドラム缶に溜め,ミョウバンで不純物を沈下させた後、上澄みを使うのである。

第10話 マングローブ

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●