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第1話 沖縄の特異性のかぎを求めて
昼夜分かたず動物を観察
 熱帯林の1日は,午前5時から始まる。ウーワッ,ウーワッ,ウワッ,ウワッ,ワッ,ワッ,・・・・・・。深い霧を通してテナガザルの声が伝わってくる。周囲はまだ暗い。霧はまだ消えないが,あかね色の空に尾根の木々がシルエットで浮かぶ頃になると,テナガザルはあちらこちらの群れが呼応し大合唱となる。鳥たちもいっせいにさえずり,これから始まる1日への大序曲のようだ。ボルネオのまっただ中にいることをひしひしと感ずる瞬間である。
私の関心は「どのような森林や環境に,どういった動物が住み,どのような生活をしているのか」ということである。調査時は森に入り動物を探し,昼も夜も観察を続けている。
 朝は最初の調査に出かける。気温は20度もあるのに,深い霧の中はオートバイで走ると寒い。昨晩仕掛けたワナの見回りにはたっぷり3時間を要する。朝露にぐっしょりぬれて帰宅。朝食はこれからだが,自炊はいつも楽しく,私はいっこうに苦にならない。食後はノート整理や,捕獲したネズミの測定,必要な場合は標本作製。そんなうちにまたたく間に時が過ぎ,はや,午後の見回りである。
日中はかなり暑い。森の中での作業は,とにかく蒸し暑く汗が滝のようにこぼれる。さしつかえない時,私はほとんど裸でいる。舟を使ったテングザルの調査や,野原を歩く調査では,じりじりと焼け付くような太陽がこれまた厳しい。目がくらみそうなときもある。
 夕方は明るいうちに森へ入る。にわか造りの観察台に座り,ひたすら夜の動物の到来を待つのである。
 テイオウゼミの声が止み,脇に立つ木の幹の色さえ判別できなくなる頃になると,森は大きな静寂に包まれる。昼間から夜に切り替わるわずかな時間である。実は,夜の森は虫や鳥の声で,大変にぎやかなのである。ただ,それぞれは勝手に鳴いているのだけれど,全体に調和があり,決して雑音ではない。緊張のうちにも,一番落ち着く時である。日中見つけた足跡やフンなど,動物が残したあらゆる痕跡の主を想像したり,研究のこと,これからのこと,2度と戻らない昔のこと,いろいろ考えてみたりもする。
夜8時をまわると急に温度が下がり,大粒の水滴がボタボタと落ちてくる。ところが,梢ごしに見る空には相変わらず星がまたたいている。日中の水蒸気が結露したのである。
動物がやってきて観察が終わるのは夜半近く。普段はそのまま山で仮眠する。こうした森での生活はかなりハードであるが,動物たちとの出会いはいつも新鮮で,苦労も疲れも吹き飛ばしてくれる。こういう生活の中で,長かった私の八重山での体験が生きていると思うが,それにしても,ボルネオの自然はとてつもなく大きく,躍動的である。
静岡出身の私が,初めて沖縄を訪ねたのは1965年,イリオモテヤマネコ発見の年である。南の自然,特に西表島にすっかり魅せられて,以来,琉球列島の生物研究に深く関わってきた。石垣島で教員をしながら西表島へ通ったことがあるし,西表島に長らく生活しながらヤマネコを追った時期もある。一番関心があったのはイリオモテヤマネコの野生の姿で,私は生態研究を最初に手がけ,その成果で東京大学から博士号を授与した。一連の研究の中で,琉球列島の生物の特異性を解く鍵はもっと南にあるのではと,私は東南アジアに関心を持つようになり,特にボルネオ島では14年間,主にJICA(国際協力事業団)の専門家として,発展途上国の研究者に対して調査・研究の指導を行ってきている。
この連載では,私の実体験を通して,ボルネオ島の地理や歴史,自然,民俗などを紹介していく。私は沖縄との関わりも長いので,沖縄からボルネオを考え,逆にボルネオから沖縄を眺めることもやってみたい。違いと同時に,お互いアジアの一員としての共通性も浮かび上がってくるかも知れない。 
第2話 位置と歴史