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拭く文化と洗う文化
フランスを中心として中世ヨーロッパから普及したビデ(洗浄器)が、洗浄式トイレとなって、日本でも広まっている。水による洗浄の気持ちよさと清潔さが受けるのだろう。
現在、世界はトイレの後、ペーパーで拭く人々と水で洗う人々に2分される。もっとも、紙が使われるようになるのは比較的新しい文化で、以前は、それに代わる様々なものが使われていた。もっとも一般的なものは木の葉である。少し大きめのやわらかいフキやハマボウ。沖縄ではオオハマボウ(ユウナ)などの葉をつんでおいて、用がすんだらそれでお尻を拭く。ニューギニアや日本などに広く知られる方法である。アイヌも葉をよく使ったし、サルオガセ(木に生える地衣類の一種)もやわらかいので好まれたようだ。アメリカの農村では第2次大戦後まで、トウモロコシの穂先の房毛を集めて使った。
この他、世界中を眺めてみると、木の皮、海綿、コケ、石、土、土板、へら、ぼろ切れ、ロープなども使われていた地域がある。
水で尻を洗う文化は,イスラム世界に共通するものである。しかし、そのほかにも水で処理する民族は多い。たとえばエジプト、チュニジア、インド、スリランカ、マレーシア、インドネシア、フィリピンなどは、イスラム教も仏教もキリスト教も入り込んでいる地域であるが、宗教上の習慣に関係なく、お尻をきれいにするのに水を使っている。
わが国の近くではどうだろう。私の知る限りでは、北海道から沖縄までの日本全域と台湾までが拭く文化。その南のフィリピンから先は水で洗う文化である。

奥地では川が、町では浸透式
ボルネオでは、昔はトイレというものが無かったのだと思う。それは,大きな川を奥地から町まで下ってみると理解できるような気がする。源流域の小さな村では、今でもトイレがない。早朝、村人総出で川原に下り、歯磨きしたり行水をしている。このとき、少し深みへ行って腰まで浸かっているのは、用を足している人である。皆、顔見知りだから普段は何の抵抗もないが、私のようなよそ者がいると、さすが、娘たちは下りてこない。
離島のバジャウ族の村にもトイレがない。早朝、波打ち際に座りこんでしている。引きはじめた砂浜に残ってしまい、となりにオープンした高級リゾートが悲鳴を上げていた。
中流域から下流まで、川沿いではいかだの上に囲いを造りトイレとしている。これは新しい文化であろう。いかだを組んでいる丸太は直径50・から1・を超すものもあり、チェンソーがない時代は、わざわざ作らなかったはずだ。いかだはロープで繋いであるだけだから、増水時も渇水時も関係なく浮かんでいる。尻のすぐ下からバケツで水をすくうのだが、たくさんの魚が泳ぎまわっており、なかなかぜいたくな眺めである。水面から十分な高さにトイレを造っている家もある。土手とは桟橋で結ばれている。
川がない村では、高床式の濡れ縁がトイレで、あらかじめ汲んでおいた水でお尻を洗う。りっぱな家では室内にトイレがあり、庭に掘った穴までパイプでつながっている。穴には蓋をかぶせてあるが、排泄物は地下にしみ込ませている。洗いには汲み置きの水を使う。
町になると、家の隅か庭先にトイレがあり、庭に作ったコンクリート製の浄化槽とパイプでつながっている。浄化槽には底がなく、地下にしみ込ませる式である。だから、どこでも井戸を掘る習慣はない。固定された浄化槽の蓋には空気抜きの筒がついている。トイレには水道があるか汲み置きの水があり、風呂場としても使う。
都会では日本と同じ水洗式トイレで、排水パイプを通して汚水処理場へ運ばれるか、浄化槽付きの水洗トイレである。トイレは風呂場と一体となっている。 
第12話 トイレのこと
第13話 アジアゾウ