村人全員がこもる城
「旅」を実感させるものに住居がある。その地方で得やすい材料を、気候風土に合わせて使っている。赤瓦に漆喰の重厚な屋根。縁の外に外柱を立てて長いひさしを支えている造り。高い石垣や樹木垣で囲んである屋敷。沖縄は大嶺政寛画伯の世界そのものである。
ボルネオは大きな島であるから、地方、部族によって住居も様々であるが、木造あるいは竹造が基本であることは、広く日本以南の東アジアと共通している。
日本の住居のうち、寝殿造りや書院造りなどの貴族住宅や伊勢神宮など神社建築は南方系とされ,東南アジアとの共通性は高床式にあるとされる。
そんな中で、ラミンはダヤクの村に普通にあった特大の長屋である。ラミンは、英名ロングハウスとして紹介されることが多い。ボルネオ島に昔からあった長屋のことである。東南アジアの伝統的住居としては珍しく集合住宅であるが、ボルネオだけでなくメンタウェイ諸島やベトナムの高地にも多少ある。
分かり易く言えば、ラミンは一つの村である。すなわち、政治的自立単位であり、かつ土地占取の単位でもある。一般に、血縁のある大家族が居住すると思われやすいが、そうではなく、村の全家族が共同居住しているのである。ラミンに住む利点は、やはり、いくさが盛んだった時代、共同で対処する必要性から生まれた建物なのだろう。
私が子供の頃には、どこの小学校にも木造の平屋建て校舎があった。1棟に5教室くらいが入っていたように思う。ラミンはこの校舎をそっくり持ち上げ、下に支えの棒をしたような感じだ。ただし、ガラス窓はなく太い柱を使っているので、がっしりした重厚な造りになっている。
観光用に再建も
ラミンは一般に全長50~70メートル。屋根は高く地上8~10メートルあり、屋根裏に物置を持つラミンも多い。床は地上2メートル、床下に特別な覆いはなく、使われていない舟を置いたりする。
前側の軒を伸ばしたひさしの下には、幅2・の廊下が走っている。ちょうど雪国の雁木のようで、雨が降っても濡れない構造になっている。ラミンによっては、幅6・もの廊下があり、集会場として,共同作業の場として使われる。住まいは板壁で15~50の部屋に仕切られ、それぞれに1世帯が住んでいる。1世帯は平均5~6人である。各部屋はすべて廊下に面しており、例えるならば「ハーモニカ長屋」である。台所はそれぞれの家ごとに、ラミンの裏側に付け足したようにある。台所の外側は濡れ縁になっていて、川からの水がタンクに貯めてあり、洗い物や水浴びが出来るようになっている。沖縄の家は南向きと決まっているが、ラミンは川に沿って並行に建て、川に面する方を裏側とする。
カリマンタンでは、政府の指導で家の分散化が進み、ラミンは取り壊されたか、放置されている。ラミンが1戸建てに変わったのは、役人に言わせると「不潔で健康上好ましくない」との理由からだが、実際は、特に火事の問題があったようだ。ラミンで火事になると全世帯が焼け出され、復興も全員が被災者では思うように進まなかったからである。
最近になって共同生活の良さが見直され、一旦解体されたラミンを再建したり、新たに建てている村、観光用にと再開発した村もあるが、昔ながらのラミンは、今ではマハカム川上流・源流域、アポカヤンくらいでしか見ることが出来ない。サバ、ブルネイでもラミンは非常に少なくなっている。一方、サラワクは今なお普通にラミンを使っている。もっともサラワクのラミンは近代化されていて、造りも立派だし、電気・水道・電話が入り、床下に乗用車が並んでいる所もある。
第 29 話 ラフレシア
|