boruneo4.html
| 第4話 8割が新しい住人 | |||||||||
![]() |
|||||||||
|
<index>
|
|||||||||
|
アジアでは最も人口が希薄
ヒマラヤ山脈の氷雪地帯や中国奥地の砂漠地帯では、生活そのものが成り立たないから人は住んでいないが、そういった所を除いて、ボルネオ島はアジアでもっとも人口希薄な場所である。日本の2倍の面積に約1千万人が住んでいるのに過ぎない。 全体の8割を占めるのがマレー系諸族と中国系住民、それにインドネシアの国内移民である。いずれも新しい住人という共通性がある。 新しいといっても、マレー系諸族の最初の到来は10世紀にさかのぼる。バンジャル、クタイ、ブギス族を主体とするイスラム教徒で、スマトラ島から西カリマンタンに入り、南カリマンタンから東カリマンタンへと分布を広げたが、1部はスラウェシ島からも進入した。 全島的に都市部,海岸部から大きな川の中流域にかけて分布している。 中国系住民も、古くは数百年前にやってきた人たちの子孫である。宗教上は儒教、キリスト教が多く、都市部の商店や、大会社はたいてい彼らが経営している。 インドネシアの国内移民というのは、人口過密のジャワ島やバリ島からカリマンタンへの移住を促すという国の政策で、今でもさかんに行われている。カリマンタンの伐採地へ入植し、多くは林業労働や農業に従事している。ジャワ人はイスラム、バリ人はヒンドゥー、チモールやフローレスからの移民はキリスト教徒が多い。 これ以外の約2百万人は、ダヤクと呼ばれるボルネオ島先住民である。ダヤクとは「奥地」を意味する言葉で、ダヤクという部族そのものはない。1920年代になって初めて奥地へ入ったオランダ人の「ダリ・マナ(どちらから?)」という問いに、「ダリ・ダヤク(奥地から)」と答えることから、そう呼ばれるようになったそうだ。 ダヤクは約5千年前、インドシナ半島からやってきた古いマレー系諸族と考えられている。最初、海岸沿いに分布したが、その後の新しいマレー系諸族の進入で奥地に追いやられたと言われる。サラワク州ニアの洞穴では、3万5000年前の人の骨が出ているし、1万年前の人骨も幾つか発見されているが、その子孫は滅びてしまったのか、あるいはダヤクと融合していったのかは、分かっていない。長らくアニミズムの世界であったが、1930年代から、ほとんどがキリスト教に入信している。 ダヤク諸族は細かくは80近い部族からなるが、言語的には5群に分けることが出来る。それは、 (1)北ボルネオ群。カダザン・ドゥスン、ルンダヤッ、ムルッ、スルー族などが含まれ、マレーシア国サバ州全域、サラワク州北端部、インドネシア領カリマンタン北部に分布している。 (2)イバン系諸族。海ダヤクとも呼ばれる。イバン、カントゥ族などを含みサラワク州全域、西カリマンタン州に分布する。 (3)カヤン・クニャ群。広く東カリマンタン州からサラワク州の一部に分布するアウヘン、バハウ、カヤン、クニャ、モダン、プニヒン族などが、これに入る。 (4)陸ダヤク群。ビダユ、メラナウ、サドン族などが含まれ、主に西カリマンタン州と、サラワク州の一部に分布する。 (5)南ボルネオ群は中央カリマンタン州の一部に分布する。これにはブヌア、トゥンジュン、マアニャン、オトダヌム族などが含まれる。 プナン族も言語上ダヤクと大きな違いはない。しかし、ダヤク諸族が稲作を中心とした定住生活をするのに対し、プナン族は狩猟生活をしながらの移動生活をするという生活形態の違いから、ふつう別の集団として扱っている。 この他、バサップ、パシール、ティドン族も先住民であるが、新しいマレー系諸族の進入でイスラム化しているこのため、言語的にはマレー系諸族に含める。 ダヤクの人たちは色白で、風貌も日本人と良く似ている。まして、南の要素が加わる沖縄とは共通する生活習慣も多いように感ずる。そんなことも機会をみて紹介したい。 |
|||||||||
| 第5話 アジア共通のイノシシ猟 |
|||||||||
| ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● | |||||||||



