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八重山の伝説
 八重山の黒島に伝わるモーシーの話を聞いたことがあるだろう。ある時,モーシーが西表島へ渡る途中,嵐に遭い見知らぬ島へ流されてしまう。ところが,その島が豊かな所であったので,男は1人ながら楽しい毎日を送った。 
しかし,5年10年が経ち,妻子や黒島のことが思い出されるようになると,さすがに帰りたい気持ちが強くなる。祈り続けるそんなある夜,枕元に白いあごひげの老人が現れ,「陽が昇る頃,海へ出て背のとどくあたりまで進むが良い」と告げる。翌朝,男が言われた通りにして待つと,大きなフカが現われた。フカは男を乗せると,白波をたてて矢のように走り,やがて,故郷の黒島まで無事,男を送り届ける。その日が,くしくも男の十三回忌であり,家族は驚きと喜びの中で男を迎えたという話である。この生還劇が琉球王の耳に入る。王は,「モーシーが徳の高い人間だからであろう」と,様々な褒美を与える。家族は喜びフカに感謝し,以来モーシーの子孫や親戚は,フカ(サメ)の肉を食べないのだそうだ。
八重山には同様にカメに助けられた話もある。私は家内を八重山からもらったが,父方がフカに助けられた系統,母方がウミガメに助けられた系統なので,フカもウミガメも食べてはいけないのだそうだ。
民話には,土地固有のものがある。しかし,多くは同様の話が各地にある。これはどうしてなのだろう。一つには各地で似た話が自然発生したのだと考えられる。ヒトの思いや感じ方は大体同じなのである。しかし,私は,むしろ1ヶ所で起こった話が人の移動とともに広がったのではないかと考えている。

自然への畏敬が背景に
 『羽衣伝説』や『塩を吐く臼』はアジアに広く分布しているし,同じ内容だが,出てくる動物が違うものもある。例えば『因幡の白兎』はインドネシアでは良く知られた民話だが,主人公はウサギではなくマメジカである。ヒバリやサルが登場する話は沖縄にもあるが,どちらも沖縄に住んでいない。おそらく,どこからか伝えられた話なのだろう。
モヨン川はコタキナバルの南を流れる川である。下流に住むカダザン族に『多良間モーシー』と似た話がある。ある時,稀に見る大雨で川が氾濫し,村が水浸しになってしまった。そこまでは良かったのだが,対岸の畑小屋で隠居中の老女が孤立してしまった。じきに食べ物がなくなり,そうかと言って濁流を渡ることもできず困り果てていたとき,どこからともなくワニが現われる。ワニはボルネオでは,今でも見られる動物である。
「村まで渡しましょう」。ワニの言葉に一瞬ためらうが,老婆はワニの申し出を受け背にしがみつく。こうして激流を渡り始めるのだが,中ほどに来た時,突然,ワニがこんなことを言い出した。「仲間が理由も無く殺されていく。今後,私たちを殺さないと約束してくれるか」。拒否したらどうなるのか明白である。老婆は一もニもなく承諾し,じきに,無事,仲間の所へたどり着く。老婆は自分が助かったいきさつを話し,皆に以後,ワニを食べたり捕らえたりしないことを約束させる。子孫は,今でも忠実にそれを守っているそうだ。
同じカダザン族でも,もう少し南のシピタン一帯では,ワニがオオミズガメに替わる。甲羅の長さが1・近くになる巨大な淡水ガメである。もちろん,子孫はカメを食べたりしない。こういった話は他にもある。すべて自然への畏敬の念から生まれたものなのだろうが,こういった考えが自然との共存を可能にしてきたのだと私は思う。

第43話 ツバメと渡り鳥

第42話 
動物に助けられる話