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木材資源に頼った産業
 ボルネオでは産業としてのサトウキビ,パイナップル栽培はない。サトウキビは奥地の村の庭先で栽培し,搾り汁を湧かしてお茶がわりに飲んでいる。パイナップルは標高500~1,000・くらいの村でごく普通に栽培しているが,缶詰工場はなく,果物,あるいは野菜として肉と一緒に炒めたりする。街道筋で売られているが,1個20円くらいだ。
 ボルネオの産業とは何だろうか。国や州による違いが大きいが,サバ州をみてみよう。
 サバは,マレーシアの一州として独立した1963年以降から70年代は,経済・社会のインフラの整備に力を注ぎつつ,木材・原油・天然ガスといった1次産品の振興を最重点にしていた。80年代には,そういった天然資源を現地で加工するという産業構造への転換が試みられている。80年代末から90年代に入ると,観光など第3次産業が重視されてきている。同時にオイルパーム(アブラヤシ)栽培と加工を直結させたアグロインダストリー(農業と工業の直結)が開発戦略の柱となっている。
 詳しく見てみよう。サバの経済は1960年代には森林資源に大きく依存しており,木材の伐採量が急速に増大した。この傾向は70年代から80年代半ばまで続いた。日本が輸入した南洋材(ラワン材)のかなりの量がボルネオからである。しかし,森林資源の枯渇が危惧され,伐採量の規制と有効利用への認識が高まるようになり,80年代末からは木材の州内での加工化が推進されるようになる。94年には原木の輸出禁止にまで踏みきった。
その結果,80年代には国内総生産の大きな比率を占めていた林業は,90年前後からマイナス成長に転じている。木材生産量は87年の10億リンギット(当時のレートで1,000億円),州政府歳入総額の71・をピークに,94年には6億8,500万リンギット(当時のレートで350億円),歳入総額の23・にまで低下した。

構造に変化が
 その後,サバ政府は,量を限って原木輸出を再開し,高い関税をかけたり加工産業を奨励しているが,従業員2,000人規模の木材会社が次々と閉鎖し,木材産業は衰退しつつあるという印象を受ける。
現在,サバではフィリピン,インドネシアからの不法滞在者の摘発と強制送還が大規模に行われているが,こういう人たちは,多くが木材景気に沸き立った時代に労働者として重宝された人たちである。当時,不法滞在は問題視されなかった。1995年以降の国民総生産では農業・畜産・水産業がもっとも大きく,全体の30・を占めている。
 主要農産物はパームオイル,カカオ豆,ゴム,ココナツ,コーヒーである。特に95年以降の農産物の輸出は急激に伸びている。その主体がパームオイルで,95年時点で輸出総額の20・を占め,その後も伸び続けている。パームオイルとはオイルパームから絞り出した油で,この1次製品として輸出されたものが,輸入国で2次製品に加工される。日本でいう「環境に優しい洗剤」は,すべてパームオイルから作られている。
輸出の内容を見ると,木材加工品,加工済みパームオイルと原油(石油)で輸出額の60・以上を占めている。輸出先は半島マレーシア,日本,中国が主で,これらで80・を占める。一方,主要な輸入品は機械・輸送機器,工業製品と化学製品などである。輸入先は半島マレーシア,日本,アメリカの順である。
 最近,オイルパーム栽培にも陰りが出始めている。インドネシアでも栽培がさかんになり,国際価格の下落がはじまっているからである。森林を切り尽くして開いたエステート(農園)であるが,これは将来,荒れた原野になってしまうのであろうか。

第50話 ボルネオのこれから

第49 産業