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歴史が消えていく
 アジアで最も未開の土地と言われているボルネオ。しかし、都市では日本と変わらないビルが並び、レンガや石造りの歴史のある建物も多い。ただ、都市と地方の格差が想像以上に大きかったことも事実である。
 さて、これからのボルネオはどう変わっていくのだろうか。かつてボルネオの一大産業であった木材産業は低下の一途をたどってはいるが、主要都市周辺に木材工業団地の建設が進み、内容的には現地で製材し、加工後輸出する形態に変わりつつある。ゴムの老木を利用した家具などもたくさん生産されるはずである。ブルネイの原油は20年で枯渇するとの予測もあるが、新しい油田が開発されており、サバ・サラワクでもあらたな開発がある。ボルネオの重要産業の1つとして、しばらくは続くのだろう。
主要農産物はヤシ油、ゴム、カカオ豆、コーヒーであり、特に95年以降の輸出は急激に伸びている。その主体がヤシ油で、95年時点で輸出総額の20・を占め,その後も伸び続けている。今後は、輸出を視野に入れた果樹と野菜の栽培が増すだろう。沖合漁業を中心とした水産業も、一層さかんなものになるだろう。まだ話題にもならないが、原油の減産で余ったタンカーを利用して、熱帯雨林の水を輸出する日が来るかも知れない。
観光産業も伸びるだろう。特に近年ブームになりつつある自然を楽しむエコツーリズムが盛んになるだろう。ただ、現時点では金持ちの道楽と言った感があり、地元の人が身近な自然を理解する日は、まだまだ先だと思う。
経済的にうるおい、生活が安定することは多くの人が望むところである。ただ、それと引き替えに何百年の歴史が培った「ボルネオ」が消えていくのは耐え難い。

豊かな自然・文化いつまでも
 カリマンタン(インドネシア領)は、かつては大きな河川が唯一の交通路であったが、最近は旧伐採道路をつなげて地方都市間や奥地の村との行き来が可能になりつつある。しかし、山賊が出没するなど以前は考えられなかった事件が起こっている。ボルネオ先住民はすべて「首狩り族」の末裔であるが、殺人や強盗は決してやらない。こういった事件も、移住者を受け入れ、新しいボルネオを造っていくための産みの苦しみなのであろうか。
「今の生活で良い。ただ、すべての人が親切で思いやりがあり、明るく生きて欲しい」。カリマンタンの人がこう言った。そして、「今のインドネシアでは望むべくもないが」と加えた。どんな繁栄があっても、1部の人が潤うだけだと言いたかったようだ。
カリマンタンの地方をまわると、まだまだ昔ながらの行事や風習を見ることができる。その中には日本、特に沖縄と共通するものも多い。しかし、貴重な歴史的財産も、インドネシアの政治が安定し経済開発が進めば、アッと言うまに失われてしまうだろう。交通の不便さは致し方ないが、今が、昔ながらのボルネオを見る最後のチャンスだろう。
 さて、ボルネオ全体はどんなふうに変わっていくのだろうか。少なくとも都市部は日本の地方都市と似たものになるだろう。街道沿いの市町村も同様の外観になるだろう。あらゆる産業が日本とシンガポールをターゲットにしていることは事実で、日本との経済的なつながりは、ますます強くなることだろう。一方、地方では過疎が進み、また、かつての森林は原形をとどめることなく、1部は果樹や野菜の農園として利用されるものの、多くは原野と化して行くのではないだろうか。淋しいことだ。
私の生活は、日本とボルネオの行き来であるが、一番関心を持ってきた沖縄とボルネオの共通性と相違を見つめ、特に心のふるさとを探しに、これからも旅を続けたい。

第50話 
ボルネオのこれから