magazine13.html
| 安間 繁樹 | ||||||||||||
| 13話 稼いだ金が酒になり、内地で悟った沖縄の味 | ||||||||||||
|
稼いだ金は学費であり生活費でもあった。「何と言っても、僕らは学生なのだ」と,胸を張って言いたいのだが、大学へは申し訳程度にしか出席しなかったから、あまり威張れることではない。土屋くんと僕は、ホント、まじめな勤労学生だったから、普段の生活は質素だった。僕は,講義のある時期はバイト、休暇に入ると日本中を旅行していた。特に20才からは西表島通いである。旅費も滞在費も馬鹿にならない。だから、普段の贅沢は禁物なのだ。とか何とか言っているが、二人が会うときは、アパートから新宿や中野までタクシーを飛ばしたり、帰りもたいてい電車が終わっていたから、やはりタクシーだった。
その頃、アワモリは沖縄の特殊な酒であり、内地では、あまり知られていなかった。店も、料亭風のところが多く、気軽にアワモリが飲める店は少なかった。需要が少ないからだろうが,アワモリを扱う問屋も、都内では永代橋を渡った所の「三嶋商店」だけだった(酒のことは詳しかったのだ。なにせ、毎日、問屋と小売店をまわっていたから)。 二人がよく通ったのは、中野にあった「沖縄そば・那覇」である。主人は栃木かどこかの人で、沖縄へ行ったことがないと言っていたが、そんなことはどうでも良かった。アワモリが飲めたし、閉店午前3時は魅力だった。 料理は当たり障りのない味だったが、内地育ちの僕は、さっぱりした沖縄の味に十分満足していた。休暇のたびに八重山へ通っていたのだが、何でもかんでも油いため。油を垂らしたみそ汁。どろどろした癖のある味にうんざりしていたのである。味に関して、土屋くんは一言も云々しなかったが、多分、満足出来なかったのだろう。そんな体験が、後に、沖縄の味を生かし、内地の人にも受け入れられる「うりずんの味」を生み出したのだろう。 |
||||||||||||
| 14話 郷愁と歓楽のはざまで。これも人生への投資? | ||||||||||||


