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| 安間 繁樹 | |||||||||||
| 14話 郷愁と歓楽のはざまで。これも人生への投資? | |||||||||||
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早稲田大学の裏小路に「加那」という小料亭があった。“加那”とは南西諸島の方言で、もともとは親しみと尊敬を込めた男性への呼びかけである。今は、「いとしい人」、「恋人」の意味で男女ともに使われる。店は奄美大島出身のおばさんが経営し、実の娘さん3人が接客していた。大学教授とおぼしき人たちが時々出入りしていたが、座敷は小部屋に仕切られていて、別の客と同席するようなことはなかった。多分、客が少ないのだろうが、いつも3姉妹がお酌をしてくれたし、三味線、つづみで、沖縄や奄美の民謡を歌い踊り、島の生活もしばしば語ってくれた。
「沖縄の人が大阪を東京を目指しているのに、やすまは南に向かっている」。決して人生をすねているのではないが、土屋くんは、すでに僕の生き方を認めてくれていた。僕はと言えば、土屋くんから沖縄の話を聞いたり、彼のいろんな分野の友人を紹介してもらった。その舞台が「加那」であることも多かった。「加那」は二人の学生にとって、ずばぬけて高い飲み屋だった。大学出の初任給が3万5千円の時代、一人5千円くらい持参しないと不安だったし、勘定の請求だって、紙切れに鉛筆で殴り書きしたいい加減なものだった。 だが、妙に良い雰囲気だったなあ。沖縄の文化をコンパクトに学ぶ所なんてなかったから、「加那」はちょっとした塾だったのだ。なんて都合の良い解釈をして、贅沢を正当化している。しかし、それは、土屋くんの人生や「うりずん」の経営に何かインパクトを与えていると思うし、僕にだって、「加那」での経験や談義が,その後の琉球列島研究の下地になっていると感じている。でも、そんなことはどうでもいいんだな。金が使える時は使えばいいし,楽しいことは何でも文句なしに良いし、それが幸せなのだ。しばし、絶句。 |
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| 15話 たった1度の冬山登山(その1)。何が本音?の登山願望。 | |||||||||||



