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| 安間 繁樹 | ||||||||
| 22話 たった1度の冬山登山(その8)小諸にて彼女との再開。 | ||||||||
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小諸駅では彼女が婚約者と一緒に出迎えてくれた。二人とも市内にある時計工場で働いているのだそうだ。実家は上田市にほど近い農村で,田舎道は遠かったが,小諸からそのまま彼氏の車で送ってもらった。一帯は,真田幸村時代からの穀倉地帯なのだそうだ。 家に着くと,「友だちに東京の大学生がいるんだ」。娘さんにそう言って,親父さんを初め家族が僕ら二人を歓迎してくれた。広い敷地は生け垣で囲まれ,天井の高い母屋が,これまたりっぱだ。納屋と馬小屋は,母屋から少し離れて建っていた。 かなり遅くなっておじゃましたのだが,それから夕食をごちそうになる。何だったろうか。やはり,すき焼きだったような気がする。なにせ,田舎では最大のごちそうなのだから。七輪に,僕は名前を知らないのだが,茶瓶型の燗徳利をかけて,熱い酒の絶えることがなかった。夜も更けて,土屋くんと僕は炬燵の上に掛けられた特大ふとんにもぐり込んだ。それは,山の疲れを癒すのに十分過ぎるほど暖かかった。 翌日は餅搗きをしてもらった。凍りついた庭にむしろを敷き,真ん中に大きな臼をドンと据えて,親父さんに長男,僕ら二人も加わって,交代で何臼も搗いた。クルミ,黄粉,餡,ワサビ,納豆,鳥雑煮と,客人をもてなす時の餅のフルコースである。こうして,土屋くんは初の冬山登頂を成し,念願だった長野の娘さんとの再会も果たしたのである。 あれから35年。土屋くんは小諸で受けたもてなしを忘れることができないと言う。現在,小諸の土屋家はご長男が継がれているが,親父さんも高齢ながら健在だそうだ。「ご家族を沖縄に招待したい」という土屋くんからの要請を受け,僕は何回か小諸の土屋家と連絡を取り合った。ただ,沖縄招待は,もっぱら先方さんの都合で未だ実現していない。 以下,いつまで続けられるか心配だ。 23話 25年の記録が豪雨で消失。脳はアルコール変性でダメージ。 |
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