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「冬山へ登りたい」。土屋君のリクエストに「もちろん、「いさ」と気楽に応えたものの、どこが可能かと僕は考え込んでしまった。雪はたっぷりあったほうがいいが、それでいて、無事生還できることが絶対条件である。この山行きにはおまけが付いていた。下山したら女の子に会いたいと言うのだ。以前、木曽の学校にいた沖縄の恩師を訪ねる折、列車で会った女性がいた。その人が、偶然にも同姓の「土屋」だったそうで、そこで、「何かの縁です。またお会いしましょう」ということになったらしい。
彼女は小諸に勤めている。だったら奥秩父だ。信州側に下山して小海線から小諸に出るのがよい。目指す山は山梨と長野の県境にある金峰(きんぷ)山と決定した。
東京の雨は、八王子あたりから雪に変わった。山は例年になく大雪である。2人は無人小屋で生活しながら、金峰の山頂にも立った。風雪荒れる厳冬の国ざかい、シンボルである五丈岩の下に立っても、ガスで全体が見えないほどだ。細い稜線では土屋君も恐い思いをしたに違いない。「死んだら会えないよ」。いつしか僕の口癖になっていた。
下山の日、未明に小屋を発った。夏は車も通る道だが、信州峠、木賊(とくさ)峠を越越える道は長く雪深い。小海線の信濃川上へ着いたのは夕方4時をまわっていた。駅前の食堂で熱燗をあおぐ。電車を待つ間に電話が通じ、小諸の駅では彼女が婚約者と一緒に迎えてくれた。実家は、上田市にほど近い農村。家族に大歓迎され、大きな掘り炬燵に入って夜の更けるまでごちそうになった。翌日は庭での餅搗き。クルミ、黄粉、餡、ワサビ、納豆、鳥雑煮と、フルコースを見せてくれた。客人をもてなす際の最大のイベントなのである。2晩世話になり山の疲れを癒したが、合わせて大酒を飲んだのは言うまでもない。
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